直感力とロジック。紺野昌彦のコラム

こんにちは紺野昌彦です。

今回は番外変的に思考とロジック、そしてインスピレーションについて書いてみたいと思います。

基本に僕はロジカルな思考で物事の組み立てをしていると思われています。

その理由としては物事の考え方について、相手に説明するときは、かなりロジカルに詳細に話す事が大半あるからでしょう。岩緩理詰めです。当然概ねの考えや出来事、それから道筋もしっかりと順序立てて道理に合うようにロジカルに説明が出来ます。

また逆にそれが出来ないと、人に話す価値もなく、未完成作品でしかなく、共感も賛同も得れないと感じています。

この辺りから判断すると、かなり原理原則主義にも見えますが、実はそうではない部分もあるのです。

世間は、原理原則に則っている価値感に概ね支配されているところでもあるので、敢えてそうしているとも言えるのです。

実は僕の思考の半分はインスピレーションで事を決めているのが紺野昌彦の本音の部分です。

ただ同時にそれらインスピレーション的思考が同時多発的にロジカルに組合上がっているのも特徴なのです。

直感力 → 解析 → 判断 → 意識決定

これがひとつサイクルにならずひとつの作業で簡潔しているイメージでしょう。

このように聞くとちょっと難しくも感じるかもしれませんが、実はそうでもなく、普段からアレ、コレと色々と多角的に考え、色んな事に想像(創造)を膨らますのが普段の僕の頭の中です。

普段からそんな想像の断片だらけの頭の中でもある訳で、インスピレーションとはとはその断片情報である点と点が線で繋がる時に発生すると理解しています。

もちろんそれを凌駕する発想も時にはありますが、これもやはり前述の点と点に加えて、これまでの人生の中で経験したことなどからの付加が加わった時に起きることでしょう。

要するに自己の頭の中のメカニズムを自己解析し、理解した上で自分の思考と付き合う事で、このインスピレーションがイコールロジカルなロジック付きの結果を生むことに大きく左右すると僕は理解しています。

もう少しわかり安く説明すると、頭の中はマインドマップが耐えず広がっているイメージでしょうか。

個人的な意見ではありますが、マインドマップをペンを取って図式化しないと行けない人は、そもそも自分の思考をオートでまとめる事が出来ない人なのだなと、僕はよく思ってしまいます。

もちろん人はそれぞれであり、得手や不得手もあるでしょう。ですがここで言いたいのは、自分との対話と、世間とそして自分の中に持てる情報の対比と解析こそが思考であり、普段どれだけそれを意識なく行っているかが大きく影響するのではと言うことです。

実はロジカルの塊のような経済そのものなどはこの最たる例かもしれません。

世界大恐慌や、ブラックマンデー、世界金融危機などは正確な理由など説明出来る人はいなく、集団での人の心理が発生させた事に短を発したとも言われています。

もちろん一部に説や論はありますが、それも定かではありません。

もちろん典型的なファンダメンダリズム的な内容もあるでしょう。それこそ知識の断片と経験の積み重ねから自分の頭の中で自然な事故解析に繋がるのではとも思っています。

ただ直感力で逃げ切っている人がいるのも事実でしょう。それは単なる偶然かもしれませんが、これまでに蓄積された情報や経験、そして断片情報がある日、結論となり行動に移るイメージではないでしょうか。

前座が長くなりましたが、基本、時間があるときは僕は本を読む(ネットの場合も)などの知識の追加、もしくは想像にふける。瞑想とまでは行きませんが、心を穏やかにして自分の取り巻く環境をイメージし、過去の経験やこれから進めたい事などの想像をします。

いわゆる点と点を線で次ぐ作業でしょうか。

これが以外と重要でもあります。

そしてもうひとつの方が、人と会い語り会うこと。もちろんどうでもいい世間話しではなく、一定の目的のある会話。その会話では次に必要なヒントや語句を過去の経験や知識から呼び覚まし多く拾おうとするので、大切な時間でもあります。

この時には多くの質問を受ける側もいいかもしれません。答える為に多くの断片拾い集めようとするからです。

知識の積み上げ、経験の解析、自己分析これを自然にする意識で大きくプラスなインスピレーションに繋がりそれが大きくロジカルに合致した思考となるのだなと最近改めて感じたので、ブログび書いて見ました。

もちろんこれこそも直感で思うがままに書いているだけで、この先にどのような思考の変化があり、自分自身での過程と結論の形成に変化、進化に進むかの検証の道具としてこのブログを参考に書いてみた次第でした。

長々とお付き合い頂きありがとうございました。

紺野昌彦

紺野昌彦

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