変わらぬことと進化すること

こんにちは紺野昌彦です。

今年は例年以上に移動が多い年で、今月11月の残り2週間で、北海道、沖縄、深セン、上海と8フライトも残っています。

こんな移動だらけの生活になってからはもう12、3年にはなりますが、ここ5、6年は特に激しい感じでしょうか。疲れも溜まるのですが、同時に嬉しいこともありワンワールドでもスカイチームでも上級会員が無理せず維持できること、そしてワールドオブハイアットのメンバーシップなどホテルも上級会員と、ささやかながらのインセンティブも享受できるのは、今の生活スタイルならではでしょう。

僕はアジア圏の移動がほとんどなので、欧米をメインにしている人たちは、とんでもないマイルやインセンティブがあるのでしょうね。

さてさて余談から始まりましたが、今のような生活スタイルは正直いうと気に入っています。

はるか昔に将来こんな生活がしたいなって、憧れた生活スタイルでもあり、世界を跨いでビジネスしている感を自分自身でも十二分に感じることができるからだと思っています。

時としてよくある会話ですが、自分の夢や理想を求めて頑張る。やりたいことする。ここまでは誰もが口にしたことがあることでしょう。

要するにその実現、モデルスタイルの再現に努力しているか、また取り組んでいるかがかなり重要な要素ではあります。

ちなみに僕は「死ぬ気で努力した」という記憶もありませんし、「夢を求めて突っ走った」という意識も持ち合わせておりません。

自分の進むべきべき方向を自ずと意識したてきたこと、ブレずに居たこと、タイムテーブルをしっかり意識していたことは努力したことです。

当然目の前の仕事には全力で取り組んだり、自分でしか出来ない要素を含みたいなど、日々の中での努力は怠ってはいませんでした。

できる限り100求められたら120で仕上げる。80でいいよって言われても100で仕上げる努力です。

もちろん結果としてパーフェクトでは無かったことも多々あったかもしれません。ですが手を抜かない努力はしてきたと自負出来ています。

自分自身で自分のことをよく言うつもりも、よく見るつもりも毛頭ありませんが、客観的に見てみると比較的好きなことをしながら生計を建てていることは間違いないでしょう。

5年後こんなことが出来ていたらなって思うこと、10年後にはこうありたいなってことは、基本はほとんど出来ています。もちろんそれまでの過程にイレギュラーも多々ありますが、結果としては前に進んでいます。

過去に何度かこのブログでも僕の経緯は書いたことはありますが、雑貨屋をやってみたい、古着屋をやってみたい。貿易商をやってみたい。DTPショップをやってみたい。コンサル業に転じてみたい。行政と仕事をしてみたい。不動産開発に関わる仕事をしてみたい。投資関連の仕事をしてみたい。外資系で務めてみたい。上場企業の役員になりたいなどと、自分の夢を求めて一通り出来てきました。

中には失敗した事業もありますし、バイアウトした事業で今も継続して頂けてるものもたくさんあります。当然現職のものもあります。

ですが夢見る夢男だったので、経過点で順に思ったのでなく、どれも同時にいつも思っていました。手がけれるものが、残念ながら今すぐにはこれしかないという順序で、多種多様な業種にトライしたのが前述の結果となっていました。

もちろんサラリーマンをしながら平行で、お店を開業したり、勤め人なので手が回らない事業は、人を雇用してなどとある意味では、破天荒な手法でやりたいと思ったことを次々に着手して行ったのを今でも覚えています。

20代からこんなことをしていた感じですね。

やったことないからやってみたい。知らない業種だから知りたい。言わばこれが動機です。もっと知りたいもっと知りたい。これでしょうね。

やったことないから怖い。知らないから触りたくない。

こんなことは思ったことは無かったです。

そしてひとつの専門バカにもなりたくないとは思っていました。会社務めでも他の部署に行って「これ何してるの?」とかよく覗きに行ってたりと。

なので僕の本棚は今でも実務系の本が7割を占めています。

さてさて、このようにいろんな事にトライした結果、失敗も重ね今があるのでしょうが、ふと立ち止まり周りを見る時がありますが、5年前と同じ、10年前と同じ、20年前と同じという光景にもよく目に止まります。

収入面でも、社会的地位でも、活動半径でもいろんな意味でです。

人の価値観は様々でしょうし、決して批判する気持ちもありません。ありのままに受け入れていますし感じています。ただ余りにも対比すると僕の思考と違い過ぎるので、よくわからなくなることがあるのも正直否めません。

一体なんだろうかと。

釣りに例えると、イワシ釣れば、次はサバを釣りたくなるものでしょうし、最後はマグロやカジキも狙いたくなったり。

ワンルームマンションで住んでいても、将来3LDKや4LDKそしてマイホームの戸建てに住みたいなどと夢も希望のあるのではとも思います。

感覚的にはそれと同じつもり。

ただワンランクもツーランクも僕のしたい事が大きな感じになっただけかなとも思っていました。

実はこんな素朴なことを今も時折感じるいてるのです。

「この人は将来何をしたいだろうって。」

ある友人は数年前までサラリーマンで今は地方議員。33歳

ある友人は民泊数室だったのが5年で500室オーバー。35歳

ある友人は沖縄在住だったのが今は海外で店舗経営。38歳

ある友人は上場企業の課長だったのに今は役員。37歳

ある友人は資産が全くなかったのが数年で数億円。28歳

みんな立ち止まっていません。

僕は決して大成功している人間では無いでしょう。ですがやりたい事は出来ています。成功や大成功が何なのかか価値観によって差はありますが、一般論で考えると成功、大成功でしょう。

あり得ないくらいの大企業を一代で創業している人も数え切れないほどいますし、友人でも僕より10歳も年下で10億円以上クラスは何人もいます。先輩などでは数十億円、数百億円の資産形成している人もいます。

ですがここまでのクラスは世間で見るとほんの一部でしょう。

ですが社会全体でこのような向上心の持ち主や、バイタリティを持っている人達が、かつてより少なくなっているのも事実なのかもしれません。実はそれが経済の大きな牽引力の一部にもなり、ベンチャーやユニコーンを産む素地でもあるのは事実でしょう。

個々の持ち味や、趣味趣向、多様性というのを重視される現代社会では、僕が書いてきたような事が、目的でもなく、生き方そのものがクローズアップされ、個々がより尊重される時代でもあります。

ですがそれは同時に競争力を失う事にもなっているのかもしれません。

お隣の中国では、日本の20年遅れ、30年遅れの民度と社会レベルです。市場の発達度と最先端技術導入こそ日本先を行っていますが、民度や精神構造、経済理念などは前述の通りでしょう。日本の80年代的なイメージかもしれません。

我先にと新技術を競い、マーケットの獲得競争や、よりいい企業に就職を競ったりと勝ち負けにも敏感な状況と、経済高度成長が重なり、まして経済グローバル化も同時に進んだ事が、現在の経済力と繫がっています。まあかつての日本ではなく現在の日本とは真逆の構造なのでしょう。それの結果が今そのものであったりもすりわけで。。

始めに書いた僕の個としての成長や進歩だけで見ても、友達は5年、10年経っても以前のままであって、「遠くに行ってしまったね」等も言われることも。また結婚して所得大半が家庭に取られて、一緒に遊べなくなった友人も多いです。もちろん何度も言うように価値観それぞれです。

ですがそれと同時に、かつてサラリーマンだった友人が、今では市議会議員になって地方自治体を動かす立場であったり、脱サラしてそれなりの事業を起こしたりしている人もいます。

僕は前者よりもそんな後者の人達を見ると、何より安心しますし、共に成長してると勇気も元気もらえます。当然所得にしてもそうでしょう。

変わる事がよいのか、変わらぬことがよいのか、本当の正解はわかりません。

ですが一度きりの人生ですから、人より多くの事を経験して、いろんなものを見て感じて、さらなる飛躍をしたいと日々思う方が、建設的で健康的かしれません。

そんな反面、創業50年、100年の変わらぬ和菓子屋や伝統工芸的な事業の継承も、同時素晴らしいことあり変わらぬことの美徳すら感じる業態も存在します。

まあ個では無いので、これはちょっと違うのかもしれませんが、関わるのは個としての人で、変わらぬ物の継承です。

こんなものには尊敬の稔すら感じるのですが、単に個としての変わらぬこと。これはちょっと考えるべきことかもしれませんね。

本当の正解こそわかりませんが、切磋琢磨がある環境。これまで僕の求める環境にこれがあったのは紛れもない事実です。

紺野昌彦

紺野昌彦

紺野昌彦

 

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