ミャンマーの発展状況

こんにちは紺野昌彦です。

久しぶりにミャンマーまで足を伸ばして来ました。もちろん観光ではなくビジネス打ち合わせでです。

僕が始めてミャンマーに足を運んだのは、2012年か13年頃でちょうどミャンマーが民主化終えて、外国人の入国制限が大幅に緩和された翌年ごろだったと記憶しています。

ミャンマーが民主化をしたのは2011年。

それまでは軍事政権で、事実上の鎖国状況でなおかつ国際的な経済制裁も課せられていた状況が長年続いていた環境でした。

お陰で当時のミャンマーの第一都市ヤンゴンは、日本軍が進駐していた頃から景色が変わらないとか、50年前のアジアの光景だとか言われてたもので、当時足を運んだ僕も「近代都市バンコクから1時間ちょいでよくこんなところが残っていたな」と思ったくらい衝撃的なくらい時代錯誤に陥る環境だったのを鮮明に覚えています。

とは言うもののこのような書き方すれば、数十年も前に聞こえますが、実はまだ6年前の出来事です。

それからの2年間は積極的にミャンマーの開拓にトライしたく、2,3ヵ月に一度はヤンゴンに通い積めていました。

その当時はまだヤンゴン市内に住む日本人が300名くらいと聞いてもいましたが、今では2000名から3000名の間くらいとのこと。

6年で約倍近く日本人が居住しています。

もちろんそのほとんどはミャンマービジネスのパイオニアを目指して入り込んだ日本人や企業駐在員でしょう。それ以外はジャイカなどの支援団体だと思います。

当時(6年前)のミャンマーは、当然入国するのにビザの取得から始まり、ヤンゴン国際空港でのエクスチェンジもUSDからミャンマーの自国通貨のチャットへ変えれるだけ。

逆転に帰るの際にチャットからUSDや他国通貨へはエクスチェンジは不可能でした。

さらにはUSD紙幣も100USDのみで、折り目や染みなどが紙幣にあればNG。

100USD以下の紙幣でも両替は出来ましたが、極端にレートが悪くもなり、全く国際的な基準にはほど遠い国でした。

また空港でも市内でもクレジットカードが使える店は皆無で、高級なホテルすらNGのところが大半。

西側文化どころかグローバルスタンダードの欠片も感じる事の出来ない未知の世界、それがミャンマーだったのです。

もう少し当時の状況を思い出すと、欧米型のこじゃれたカフェが数件。日本食のレストランも3,4店舗。ほとんどが何を注文してよいのかわからいミャンマー料理のレストランばかりで、コンビニと言う存在も皆無でした(町の商店はたくさんあります)

そんな秘境ミャンマーへ4年ぶりにビジネスの打ち合わせで訪れたわけですが、4年と言う歳月がこの東南アジア、ASEANでは一昔と言うのも過言でないくらいの進化与えるとは思っても見ませでした。

紺野昌彦

空港は3倍の規模になり、驚くくらの免税店数があり、エクスチェンジが可能な通貨の数増え、SIMカード直ぐに手に入り、欧米系のお店もあり、空港コンビニではクレジットカード使える。

また海外銀行のキャッシュカード使ってATMから紙幣(チャット)も引き出しも可能。チャットからUSDやTHBなどの外貨にもエクスチェンジも可能になっていました。

町中にもかつて数件しかなかった日本食店も今では80店舗近くにも増えて、ラーメン屋の一風堂ですら軒を連ねる程の変わりようです。

町中にも以前になかった高級コンドミニアムや、高級ホテルも増えようでかつては2,3棟もなかった近代ビルも10棟以上目に着きました。

10年経ってないのにこの変化は、かなり斬新に映りました。

ようやくビジネスがしやすいステージになりつつあると言う印象です。

当時は正直、まだ早すぎたと言う印象がありミャンマーのてこ入れを一時的に中断したのですが、外国投資法の制定、コンドミニアム法制定と投資のガイドラインや、外国企業の法人設立の法律などだいぶ整理されたからもあるでしょう。

また当時はアジア圏で最後フロンティアがミャンマーだと過剰報道されたのも後押しして、ビジネスでの視察、開国した直後の観光客が世界中からミャンマー詣でのラッシュも重なった時期でした。

このお陰でミャンマーの高級ホテルは1泊3万円以上は当たり前で、バンコクでは3000円もしないようなチープなホテルですら1万円や1万5000円は当たり前。

地価も賃料も驚く程の高騰で、タイと変わらないよりむしろ高い過ぎるほどになっていたのも驚きのひとつでした。

ですが今では随分と是正もされ、多くの分野でだいぶ適性化されている印象でした。

ホテルレートもバンコク並。かつては3万円から4万円したホテルも1万円ちょいくらい。

プレビルドのコンドミニアムもまあ適性かなと思う価格にまで安定していました。

何度も書きますが、これでようやくミャンマーでビジネスがスタートできる下地できつつあると。

紺野昌彦

今回ミャンマーへの渡航目的は、米国のだファンドと共にミャンマーの銀行との打ち合わせ。

ビジネス提携と資本融資の調整。

現時点ではミャンマーの金融機関への外国人の出資は違法ですが、8月からミャンマーの銀行等の金融機関の株式の35%は外国企業が取得する事が認められます。またミャンマーの発展速度に銀行の融資が追い付かない事態も発生しているので、ファンドからの貸付などの融資付けや、まだ本格的に存在しない保険業務などのスキーム提携などの打ち合わせがメインでした。

ちなみにミャンマーの金融機関は現在24銀行。それに外国銀行が13銀行あり、そのうち3銀行が日本の銀行です。

これはそれぞれの国から進出した銀行のサポートが主な目的。また損保会社設立も見受けられますが、工業団地内だけだったりもします。

そういう意味では新たなミャンマーぼポテンシャルを感じずにはいられません。

紺野昌彦

これ以外にもミャンマーの大手ゼネコンとの打ち合わせや、現在の不動産事情調査、そして建設現場視察など多岐にわたりました。

紺野昌彦

 

紺野昌彦

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紺野昌彦

またちょくちょくミャンマーへ通うことになりそうです。

どこかのタイミングで一緒にミャンマーへ行きましょう。

紺野昌彦

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