香港のデモと中華思想

こんにちは紺野昌彦です。

先週まで香港に滞在していました。香港に到着すると空港ではデモと警官隊との衝突の報道が流れていました。

報道に驚いたのは衝突だけではなく、その規模の大きさにでした。発表では最大時に103万人とか。

これは香港の住民の約7名1名は参加している計算になります。

僕の会社は香港にあります。そんな関係で香港には毎月足を運んでいるのですが、このように香港では先週から民主派主導の大規模なデモが発生していました。

多くの報道でご覧になった方も多いと思いますが、とある法律の改正で、香港政庁と香港市民の隔たりが表面化したのがこのデモの発端でした。中国に傾向する香港政庁への不満が爆発したのでしょう。

改正法案の中身は、他国の人間が論ずるのはと思うので、少し別の角度から検証をしてみたいと思います。

 

香港はご存じの方も多いように1997年までは英国領でした。

それもかつて中国が清朝だったころの英国との間に勃発したアヘン戦争で、清が敗退してその賠償として、清が英国に香港を約99年間割譲したのが、英国の植民地支配となった背景です。

もちろん中国の清朝は、英国に香港をプレゼントしたわけではなく、期間限定で租借をしたわけでもあります。

これこそが今日、香港が大きく発展するにつながるわけです。

英国は香港を中国との貿易の拠点とし、また東南アジアに広く存在する英国領との交易拠点として積極的に活用してきたために、香港を商業都市としての側面を大きく成長させる事になりました。

これは現在でも香港が世界の金融として君臨しているのがその最たる証拠でしょう。

香港は東京都と同じような面積で、東京都の半分以下の人口しか居ないにも関わらず、金融機関の数は日本国と全体と同数近くあり、証券取引所はもとより世界の貿易拠点として今もなお存在感があります。

また香港に集まる投機マネーは、東京の7倍とも言われており、このような事実が示すようにビジネスが主体としてのアイデンティティが高い地域に成長したと僕は感じています。営利主義、ビジネス思考ですね。

ちなみに超富裕層の在住者数もニューヨークを抜いて香港が世界一です。

 

このような背景を少し頭に入れておいて、続いて中国ですが、中国が支配する思想は、形骸化した共産主義よりも最も先に中華思想が一番でしょう。

これこそが中国メインランドの根幹に存在する思想の根底かと感じています。

さてその中華思想を簡単にまとめてみると、いわば中央主権主義です。これは天に認められた唯一の皇帝を中心に中華圏を支配する体勢とその維持で、そして取り巻く周辺は貢朝国が存在して、さらにその外部に敵となる存在があるという思想です。中華が中心の華でありつづけるための構造であり、この思想こそが、中華思想なのです。

画像は拾い画像ですがわかりやすいので引用させてもらいました。

中華思想

少し余談になりますが、これを見ると日本国も中国に従わない蛮族でもあるわけです。ちなみにかつて沖縄に存在した琉球王国は、第一尚氏も第二尚氏も中国の貢朝国として中国の時の皇帝から爵位も拝受していた歴史もあります。それが琉球王です。

このような中華思想また歴史的背景より、中国は沖縄を日本とはまた一線違う見方している経緯もあるのです。

また帝国であったことも、そこには中華思想に切っても切れない概念が隠されています。

中華思想を遡るとその歴史は、秦の時代にまで遡るのですが、国を拡大し統一する概念の中に中華思想が発祥しています。いわゆる拡張し続けるという概念です。

ここには日本のように固有領土という概念は存在しないのもまた面倒で難しいところでもあるでしょう。

これは中国だけではなく、実はお隣のロシアも同じだったりします。彼らの国もキエフの小国からのスタートで、常に拡大してきた歴史しか持ち合わせておりません。なので最後の戦争で得たところまでが現有領土で、ここでも日本のように固有の領土という概念が無いのが、いつも平行線である所以なのです。

さて余談が長くなりましたが、中国ですがこのように中華思想が根底にある国であり、そもそも香港は英国に一定期間だけ租借していたという歴史的な背景もあるわけです。中国からするとやっと帰って来た我が領土であり、中華思想では内縁の地域でもあり、隣接諸国でも南蛮でもないのです。中華を形成する一部なのです。

中国からすると香港の住民も外国人を除く大半は漢民族であり、本来は元々同じ思想と、同じ系譜をたどると自負する範囲であるのでしょう。

強いて香港を隣接諸国と見たとしても、中華思想の範疇では貢朝国の範囲でしょう。決して他の民族の国家ではありません。

ですが香港そして、香港人は約100年間は英国の薫陶を受けて来たわけで、そこで二世、三世と子を育んで来たのです。ましてやその100年は自由主義社会で、情報統制も無く、さらには経済優先的、己の富の形成が優先の特殊な香港を作りあげるのに、自由貿易都市としての繁栄が一枚も二枚も買っていたわけで、中華思想とは一定の距離が出来上がったのも事実でも現実でもあるわけです。

また現在においても中国に返還されたとは言え、メインランド中国とは違い、継続して自由に情報触れて来たわけで、この情報こそが香港がひとつもふたつもアジアの中から突き出ていた存在である背景なのです。

この国と地域の意識の大きな隔たりが、今回のデモの根幹にあることなのかもしれません。

ですが香港は中国に返還される際に、向こう50年間は英国法による自由自治が条件として認められました。

現在、中国でありながら一国二制度で、中国と香港はまるで違う法律であり、2国を思わせるほど別のあり方で存在しています。

ただ返還後20年が経過しているのも、あと30年で完全に中国と化するのも事実でもあります。

この葛藤も現在の香港には大きくプレッシャーとしてのしかかっているのでもあるのでしょうね。

中国としても香港政庁に圧力をかけるのは、段階を置いて、中国に同化させるべきと考えての行為なのかもしれません。いきなり「明日から中国法ねっ」て訳にも行かないでしょうからね。。

さてこの均衡がどのように保たれ、そして崩れて行くのかは、香港を深く注視していく他はないでしょう。

最後に中華思想の支配する中国ですが、帝政が変わっても行政機構が変わらないのが特徴でした。要するに皇帝とその血族だけが入れ替わり、王朝の名前が変わっても官僚制度が変わらずに来たのが、この広大な領土の帝国を維持出来てきたメカニズムでした。

このような背景があったからこそ、漢民族以外の異民族のモンゴル人が元として中国も支配できたわけで、女真族が清として中国を実行支配できた歴史的経緯があるのです。

そして現在は、中国共産党が中国帝国を支配し君臨していると僕は解釈しています。よって中華思想が根強く中心に存在するからこそ広大な領土を維持できる所以なのです。

ですが、中国の歴史の中でも最も民主的なのが、現在なのかもと思うのです。これまでの即位した皇帝が支配した帝国は、皇帝ひとりが最も権力を持ち、生命与絶権すら、ひとりの権力者にあったわけで、またこれは血縁で世襲されていました。現在の中国は一党独裁とは言え、国家元首にそこまでの権限はなく、形上任期もあるわけです。(現在は任期が形骸化していますが)これも中華思想が今も君臨している根拠でしょう。

紺野昌彦

紺野昌彦

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