慣習と継続性とSNSについて

こんにちは紺野昌彦です。

最近は日本での所要が多くなり、海外比重がやや減少しています。かと逝ってもギリギリ半分は海外滞在ではあり、生業のほとんどが海外で完結している構造には変わりはありません。

世界的な流動人口の増加は、そのままアウトバウンド、インバウンドすなわちクロスバウンド化しているわけですが、結果としてそれは海外では日本人の持つスキルや勤勉性も需要が高まってるのも恩恵のひとつでしょう。

たしかにアジア圏のどこの国からも日本に対するアウトバウンドは発生していますし、経済的に豊かになったアジア諸国では、対日アウトバウンド事業での日本専門的な知識やスキル、そして事業化するノウハウも必要となっているわけです。

もちろんアジア圏だけではなく欧米でそうでしょう。

欧米圏からの対日アウトバウンドも増加が目立っています。またアジア圏の人々よりコストをかける傾向が高い国も統計資料ではちらほらと目にします。

実際に僕の仕事のほぼ7、8割は外資系からのお仕事の依頼や、プロジェクトの参画依頼となっています。

 

さてさて余談がナガクなりましたが、なぜこんな前座のお話なったのかと言うと、仕事する視点から僕の中では慣習や継続性が極めて重要と感じる事が多々あるからです。

個人的に僕と関係を持つ方は、案外ストイックな性格という事は、ご存知でしょう。

このような慣習や継続性は、ソーシャルメディアいわゆるSNSからでも見て取る事ができます。

もちろん個人の価値観の違いなどもあるでしょう。なのであくまでも個人的主観によるものです。ただ公、いわゆる世間に大きく接しているというSNS性質は万人に同じであることも事実でしょうし、その効能も同じではあります。

ちなみ僕は原則、facebookは3日に1回の投稿と自分の中でのルールを置いています。

どうしてもフライトが重なる。クライアントさんに頼まれてフルアテンドが5日続く。体調でダウン。

このような不慮の事態がない限りほぼ何年も続けています。恐らく「1日ズレる」のは年に3回から4回テイドでしょう。

Instagramはfacebookほど力は入れていませんが、1日に最低1回投稿を目安しており、これもほぼ2年は続けています。もちろん強烈な多忙な時期にお休みをした事はありますが、せいぜい3、4日でしょう。

このブログもそうです。今年から月に最低4回の投稿と決めており、それも基本は守れています。

それは世間に露出しているからです。

すなわち人格や慣習、考え方などの断片を不特定多数に見せているので、自分なりに決めたルールを守る事が重要と感じているのもあります。

あと僕の個人的な性格もあるでしょう。

もちろんこれも人それぞれではありますが、僕は波がある人は基本は苦手なんです。やる事に波がある。何かやること、いつも一過性があり、自分の中のピークが過ぎればもうやらないなど。

基本はそんな人とは仕事はしたくない。

そんな人の慣習もSNSで見て取る事が出来たりもします。大変失礼な話しではありますが、SNS上でその人の考え方や、性格、属性、慣習なども僕は観察してしまいます。

という事は、必ずしも僕だけではなく、他の方からも僕という人間性や、考え方、ルーティン管理なども評価されていることも十二分にあるでしょう。

結果として「いつもしっかりと投稿されていますね」とか、「3日毎すごいですね」などと声もかかります。時には「一昨日コメント書いてたあの人すごいね」なども。

そうです。しっかりと見る人には見られているのです。

このようにしっかりと見て評価ができる人の方が、社会性があり、立場もしっかりとしている傾向があるようにも感じます。適当に見て適当にやってのも悪くはないでしょう。ですがそこまでだったりもするでしょう。

以前のブログ記事で、僕はこれまでにほとんど営業をした事は無いと書きました。ありがたい事に、ほぼ8、9割が他薦での紹介を受けるのみで仕事の依頼が成立すると。

それは、自分がこんなルーティンを継続しているとこからご縁繋がっている自負するところもあるのです。

 

例えば営業時間が、11:00から21:00の看板を掲げる路面店の食堂が2店舗あったとしましょう。

1店舗は予告なく閉まっている時が多々ある。今日はと思い足を運ぶと定休日でもないの閉まっている。

1店舗はいつも営業時間や定休日をしっかり守っている。当たり前なんですがねw

 

前者お店。僕ならこんな日が2、3度でも当たれば、二度とそのお店には行かないでしょう。

 

定休日や営業時間を告知するということは、世間と公に約束したことになりますからね。

 

当然、人ですから時には、体調不慮も、身内不幸などもあるでしょう。なので仕方ない部分は当然あります。

 

あとよく「豆にコメント書いているね」と言われます。

これも有り難い事にfacebookには平均で250コメントは往復でも頂いています。いいねもアベレージで450は頂けています。複数投稿する個別画像に頂くいいねも含めると1000は確実に超えています。

かつては自分のところのコメントのみに返信していました。それも仲の良い友人を優先してです。

たまに面白い記事を見かけて、コメントを残す事もありました。その数日後にその方の投稿に行き自分のコメントを見ると返信すらありませんでした。もちろん他の方にはコメント返信はしているのです。

これって意外とイヤな気分になもので「あ、俺もこやった事あるな」と思い以降は、すべてのコメントに返信し、相手投稿まで行きコメントを返すように心がけています。

挨拶されたら挨拶する。「おはよう」と言われた「おはよう」考えてみると当たり前の事なんだなと。

僕は既に20年以上はインターネット上のコミュニティを生活の一部としているのは事実で、それを十分に自覚も出来ているし、今ではリアル友達の7割はSNSからの派生でもあるから、数年くらい前からネット上でも気分や、自分の考え方や、やり方など一方的な構えをやめてリアルな生活でごく当たり前である方向を基本としたいなと思ったのが今のスタイルでもあるのです。

まあこれも自分の構え言えばそれまでですが、結果として生活の向上には大きく反映していますし、今やっている様々な案件多くは、ここSNSからであり、インターネットからであることは紛れもない事実でしょう。

またまた余談となりますが、こようなSNSで政治やイデオロギー合わせて誹謗中傷や、憶測だけで鋭い言葉で批評する方々もなんとなく苦手。

もちろん営業色が一色なのも苦手。どちらかと言えば前者でイデオロギー色出しすぎの方が苦手ですね。もちろん意見や理想、思想を語るのは多いに結構でしょう。

公道で政治思想や他人誹謗中傷話しているのと何ら変わらんのにって思います。言葉選んでロジカルに理路整然になら、しっかりと耳を傾けて聞こうと思いますが。。

バイアスがかかり、憶測や感情的を汚い言葉で使って切っているのは見てて痛いので、友達を外すことも多々あります。

facebookは名前の通り顔そのものなんだなと感じています。

紺野昌彦

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